2013年03月07日
ひとりでは多すぎる
先日、柏の葉からの帰り、
高速バスの時間を待ちながら、
コーヒーを飲みながら過ごしていました。
何気なくバックに入れていた
外山滋比古氏の「思考の整理学」を読み返してましたが、
するとこんな下りが。
そして、着想、思考についても同じことが言えると
テーマの設定について論を展開しています。
これを読んでいて、
アイドルについても同じことが言えそうだなと。
ある特定のアイドルあるいはアイドルグループだけを
一途に応援している人がいます。
でも、そういう人って偏狭なことが多いように思います。
ひとりでは多すぎるんです。
私はいわゆるDDです。
「誰でも大好き」の頭文字でDDです。
推しメンが20人以上います(^^ゞ
まあ、その中で力を入れてるのは2人ですが、
2人に対して、それぞれ一途なんです。
形容矛盾しているようですが、実際にそう。
これまで、ここまで突っ込んで応援したことがなかったので、
気付かずにいたことですが、
力を入れて応援するのがまだ1人だった頃と
2人になったからと比べてみると、
2人になってからの方が、
それぞれに対するスタンスが、
うまく取れるようになったように思います。
突っ込み過ぎず、うまく応援できてる。
この日の握手会はメンバーを2つに分けて、
どちらかを選ぶようになっていましたが、
2回とも同じぁぃぁぃのいる方へ行きました。
1回目は手紙を渡したり、余裕があまりなかったのですが、
2回目はゆったりした気分で向かい・・・
といっても、いつも通り緊張してたのですが、
何かすごく幸せな気分になってきて、
力が抜けてきたというか、
ああ、今日は来てよかったなと、
そんな気持ちに包まれました。
この日、チームしゃちほこも名古屋でイベントをやっており、
どちらにするかは、即決でエビ中にしましたが、
後ろ髪を引かれる思いでいました。
でも、やっぱりこちらに来てよかった。
あっちとこっちがあるから、多すぎずに済んでいる。
なるほどそういうことか!
本を読んでいて、腑に落ちたのでした。
眠りに落ちそうにもなってたけど(笑)

高速バスの時間を待ちながら、
コーヒーを飲みながら過ごしていました。
何気なくバックに入れていた
外山滋比古氏の「思考の整理学」を読み返してましたが、
するとこんな下りが。
アメリカの女流作家、ウィラ・キャザーが、
「ひとりでは多すぎる。ひとりでは、すべてを奪ってしまう」
ということを書いている。ここの「ひとり」とは恋人のこと。相手がひとりしかいないと、ほかが見えなくなって、すべての秩序を崩してしまう、というのである。
そして、着想、思考についても同じことが言えると
テーマの設定について論を展開しています。
これを読んでいて、
アイドルについても同じことが言えそうだなと。
ある特定のアイドルあるいはアイドルグループだけを
一途に応援している人がいます。
でも、そういう人って偏狭なことが多いように思います。
ひとりでは多すぎるんです。
私はいわゆるDDです。
「誰でも大好き」の頭文字でDDです。
推しメンが20人以上います(^^ゞ
まあ、その中で力を入れてるのは2人ですが、
2人に対して、それぞれ一途なんです。
形容矛盾しているようですが、実際にそう。
これまで、ここまで突っ込んで応援したことがなかったので、
気付かずにいたことですが、
力を入れて応援するのがまだ1人だった頃と
2人になったからと比べてみると、
2人になってからの方が、
それぞれに対するスタンスが、
うまく取れるようになったように思います。
突っ込み過ぎず、うまく応援できてる。
この日の握手会はメンバーを2つに分けて、
どちらかを選ぶようになっていましたが、
2回とも同じぁぃぁぃのいる方へ行きました。
1回目は手紙を渡したり、余裕があまりなかったのですが、
2回目はゆったりした気分で向かい・・・
といっても、いつも通り緊張してたのですが、
何かすごく幸せな気分になってきて、
力が抜けてきたというか、
ああ、今日は来てよかったなと、
そんな気持ちに包まれました。
この日、チームしゃちほこも名古屋でイベントをやっており、
どちらにするかは、即決でエビ中にしましたが、
後ろ髪を引かれる思いでいました。
でも、やっぱりこちらに来てよかった。
あっちとこっちがあるから、多すぎずに済んでいる。
なるほどそういうことか!
本を読んでいて、腑に落ちたのでした。
眠りに落ちそうにもなってたけど(笑)